『魔法のスター マジカルエミ』蝉時雨/雲光るのあらすじ・概要解説

魔法のスターマジカルエミ 蝉時雨 (1986年9月28日 / OVA)

1980年代中頃といえば、ちょうどOVAという新メディアがマニアの間で認知されるようになった時期でした。そのような 状況の中、「魔法のスターマジカルエミ」のOVA作品として「蝉時雨」は登場しました。

テレビで人気を博したアニメがOVA化される。このような流れは「ロンググッドバイ」と 同様のものですが、しかし両者を並べてみると、そこには大きな差異が見られる…いや、むしろ「蝉時雨」は当時のOVA全体から見ても 明らかに異質だったと言った方がよい存在となっているのです。

そもそもOVAというものは客に売れてナンボの存在なわけですから、どうしても買い手至上主義に陥りやすく、結果としてマニア 間で流行していた作風の商品ばかりが量産されていきます。1980年中頃当時であれば、美少女が活躍する、剣と魔法のファンタジー もしくはロボットアニメといったところです。

ところが、この「蝉時雨」には剣もロボットも登場しません(これらは「ロンググッドバイ」ですら登場していたのに!)。 世の潮流というものを無視し、作り手の思想がダイレクトに顔を覗かせる内容となっているのです。

それゆえ「蝉時雨」はOVA黎明期に登場したにもかかわらず、今もって傑作の誉れ高い存在であり、一時期はLDソフトに恐ろしい ほどのプレミア価格がついていました。

そのように評価の高い「蝉時雨」ですが、内容を紹介するとなると、これがなかなかに難しくて困ってしまいます。といいますのも、 あまりにフィルムに描かれた映像によって情感のようなものを伝える作風となっていて、ストーリー性というものが皆無に近いから なのです (これはテレビ版「エミ」自体そうだったのですが)。

強引に「蝉時雨」の物語を記すなら、ある夏の日が描かれている、という一言だけで終わってしまうでしょうか (時間軸について 言及するなら、テレビ版の第12話と13話の間にあたる数日間を描いていることになります)。

カメラは主人公の舞、従兄妹の将、マジカラットのゆき子の三人を主に追いかけていきますが、舞は母親から教わった”あやとり”に 夢中になり、従兄妹の将は夏休みの宿題に四苦八苦し、ゆき子は暑さに耐えかねて美容室でカットしようか悩んでいる…。 ただそれだけの、本当にどこにでもありそうな日常の風景が延々と約45分に渡って描かれているだけなのです。

テレビ版「エミ」もドラマ性を排除した内容となっていはいましたが、この「蝉時雨」はさらに徹底的にそれを排除し、ストイック なまでに日常の生活だけを追いかけています。日が変わるごとに登場人物の服装や髪型が変わるなど、普通のアニメでは無視され がちな細かい点にまで配慮が行き届いていることからも、本作がいかに日常描写に気を使っているのかが分かるかと思います。

またBGMもほとんど使用されず、作品を取り巻く音は蝉時雨、川を流れる水、夕立などの効果音ばかり。それはまるで、日常空間に カメラを置いてただ回しているだけであるかのように感じられるほどなのです。

それゆえ、逆に端々に織り込まれた「エミ」本編を暗示するかのような映像(通り雨によって消えた砂絵を見よ!)が、 より鮮烈な印象を残してくれます。

色々と駄文を連ねましたが、この「蝉時雨」に関しては筆者ごときの筆力では魅力を伝えられるとは思えません。 四の五の言わず、とにかく目にして下さい。魔女っ子アニメというレベルを遥かに超越した本作からは、間違いなく何かを 感じ取れるはずですから。

魔法のスターマジカルエミ 雲光る (2002年5月25日 / DVD新作)

この「雲光る」という作品は、他欄で紹介している作品とは少し毛色の異なる存在です。といいますのも、「雲光る」は2002年 になって「エミ」がDVD化されるにあたり、オマケとして新規に制作された15分程度の短編だからです。

よって、DVD-BOXを購入していない人の目には永遠に触れることの無い存在なわけでして、その点ご注意ください。

さて、この「雲光る」は本編からさらに時間を遡り、(舞の弟の)岬が生まれる前後の香月家を追いかけた内容となっています。 新しい家族が誕生するというのは一家にとって大イベントなわけですから、本作ではそれをドラマチックに描いているのかと 思いきや…さすがは安濃監督、悠々と我が道を突き進んだ相変わらずの作風となっています。

梅雨(アジサイが咲いているあたりからすると6月初旬か?)で灰色に煙る”こてまり台”の風景をバックに、自転車の補助輪を 外して欲しいと父に頼む舞の姿など、香月家の日常が淡々と描かれているだけの物語。

ドラマ性を求める人にとっては、だから何なんだと言いたくなるようなフィルムの連続となっていますが、「エミ」の ファンであればウンウンと頷いてしまうはずです。

なお、物語の最後は「蝉時雨」へとリンクしており、これもファンにとってはたまらない演出といってもいいでしょう。 思わず目頭が熱くなること必至です。

強いて難点を挙げるなら、スタッフの入れ替えによってキャラクターの雰囲気が変わりすぎてしまっていること、そしてやはり、 舞役を演じられた小幡洋子氏が欠けてしまっていることでしょうか(子供時代の舞役には久川綾氏が起用されています)。 こればかりは仕方の無いことなんですが、やはり旧バージョンの「エミ」に思い入れがあるものでして。

それと細かいことなのですが、作中で舞の父がステイオンタブの、しかも500mlの缶ビールを飲んでいる場面が気になりました。 「エミ」本編を放送当時の1985年の日本を舞台とした物語とすると、「雲光る」は1981年のこと。日本ではプルタブからステイオン タブに移行したのは1990年代からだったと記憶しているので、当時はそんなビールが存在していたとは思えないのですが…。